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「想い」を可視化して、発散する。

追い詰められた時こそ筆をとる、ということを再実感した3月だった。


思考の鈍りという怖さ

3月は良くも悪くも多種多様なタスクに追われる毎日だった。

どちらかと言えば良い意味で追われていたわけだけど、例え良いことが続いたとしても、考えて行動するを続けていればいずれ疲労はやってくるもので。

疲労が蓄積すると思考が鈍り、大したスケジュールや締切ではなくても、疲労感や焦燥感はやってくる
好きな食べ物を食べ続けて、飽きてくるとは違う、食べ疲れるという感じ。

怖いな、と思ったのは、この思考の鈍りに気付いたのが4月だったということ。鈍りが更なる鈍りを生んでる。怖い。


意味のない「休息」

思考の鈍りや疲れを感じたり、マッサージに行ったり美味しいものを食べたり、何か発散できる出来事でリフレッシュするのだけど、僕の場合、あくまで一時的なリフレッシュで、根本的なストレスや焦燥感は解消できないことが多い。

今回のようなずうっと動いていたり、慢性的な疲労感があると、この一時の休息でも発散ができなくなってくる。

3月の2週目に映画グレイテストショーマンを見て、めちゃめちゃ号泣して発散はしたけど、週がはじまった頃には、ゆるやかに思考の鈍りと疲れが始まる。

仕事自体は手を付けることが出来たから良いけど、人によっては、あるいは僕も手を付けられない時があるかもしれない。
こうなっては悪循環で、ただひたすらに肉体的にも精神的にも疲れてくる。


知らずに自分の「内部ストレージ」に溜め込む問題

疲れていると考え事や、思考がぐるぐるまわってしまい、最終的な解決せずに「頭の中に留めておくことになる」

これらが少しずつ溜まっていくと、頭の中の思考残量の最大値を減らしていき、思考する体力が減っていくのを感じるし、実際起きていた。

内部ストレージは便利だけど、実際のPCやMacと同様にそこまで容量があるわけでもないし、容量が少なくなってくると、CPUを始めとした本体自体の動作に影響が出てくる。

自分の脳みそも同様だった。
直近のタスクや仕事をこなせると、その先の仕事の思考が出来ない。鈍くない。ジリ貧状態。


溜まった思考を外部ストレージへ移動する

ゼロ秒思考、という本がある。

色々書いてあるけど、ざっくり言えば「考えている事、思ったことを紙に書いて可視化する」という思考法。

頭以外の別媒体に自分の思考をアウトプットすることで、書いた内容を客観視しやすくし、解決、取捨選択、発散しやすくなる。

会社で紹介されて、実際に試してみると、仕事では解決法は手段を見つけやすく、悩み事などは、そもそも悩んでいることがアホらしくなったりするくらい、モヤモヤを発散できた。

紙に書く、というのが面倒臭くてサボってしまうけど、久々にやってみると、面倒臭いと思った自分を恥ずかしくなるくらい発散できる。


脳は、意外と「頭」が良くない

自分の脳を過信してしまいがちなのが、僕の悪いところ。

脳は記憶媒体として優秀かもしれないが、緊張で頭が真っ白になったり、詰め込みすぎて肝心の時に引き出せなかったり、疲れすぎてそもそめ動かない、など、よく比喩として出されるHDDより性能が低かったりする。

でも、突然のアイデアや、記憶と記録の組み合わせなど、CPUでは実現できない(かもしれない)のこともできる。
でも、それも脳みそが疲れていたり、記憶や思考の鈍りでパフォーマンスが落ちていたら、せっかくのアイデアや思考を妨げてしまうことになる


外部ストレージを頼る

自分の内部ストレージを健康的に保つためにも、紙に書く・可視化するというアウトプットによる外部記憶の読み込みに頼るのは大事だなと再実感する3月だった。

出来る人ほどよくメモをとると言うし、メモで振り返りもできるけど、忘れがちなことなので、メモがてらに書きました。

ゼロ秒思考、めっちゃおすすめです。


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モンブラン|Designer × VTuber
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